街を歩いていた。
ここのところずっとギルドの依頼を受けまくっていたから、たまには休みなさいとアンジュが言ってくれた。
とにかく久しぶりの休日だった。
一人で過ごすのも悪くは無いかなぁって思ったけれど、
やっぱりもっと皆のことを知りたいし仲良くしたいと思ったから、私は依頼を出した。
『街を案内してください』
結果、見事に誰も私の依頼を受けてくれなかった。
というのも、タイミング悪く依頼が殺到してしまい、みんな出払ってしまったのである。
仕方ないよね。そういう時もあるよね。
悲しいけれど、今日は一人で街をぶらぶら散歩がてら探検してみようということになり、今に至る。
結構歩いてきたけれど、ここはどこだろう。すっかり迷ってしまった。
ちょっと歩き疲れちゃったから一休み。
人通りの少ない路地裏に入って、座り込んでみる。
………。
「君、そんなところで何をしているのかな?」
ふと、声をかけられた。
見上げれば、紫の髪をかき上げながら不振そうに(でも、なんとなく笑っても見える)私を見ている男の人。
私は立ち上がり、その男の人をじーっと見つめてみた。
整った綺麗な顔。色が白いから、お人形さんみたいだ。
「えっと、一休み…かな」
「へぇ。女の子が一人、こんなところで?襲われても文句言えないよ?」
男の人は嘲笑しながらマントを翻し、私の肩を掴んだ。
「こんな風にさ」
片方の手で顎を持ち上げられた。
突然の事に驚きながら、目を瞬かせる。
そういえば、こんなシチュエーションを最近見た気がした。
確か、アーチェが貸してくれた恋愛漫画で読んだような気がする。
ちょうどこんな感じで、人気の無いないような場所で恋人たちが向き合いながら…そのままキスをするのだ。
それはとてもロマンチックで、私もいつか恋人と…考えていたのを思い出した。
だけど、このまま私は見ず知らずのこの人とキスをするの?
恋人でもない上に、今初めて言葉を交わしたこの人と…?
「あ、あの!ちょっと待って…!」
それは困ると思い、男の人の手を払った。
「クク、冗談に決まってるじゃないか。まさか、本気にしたのかい?」
男の人はクスクスと笑う。
え、何…冗談だったの?吃驚したなぁ。
うわ、何だか急に恥ずかしくなってきた…。
「冗談でこんなことしないで欲しいんだけど…」
「君の驚いた顔が見たかったからね、満足したよ」
趣味が悪い、と思いながら目の前の男の人を睨みつけた。
ふと、あることを思いつく。
見知らぬ私に話しかけてきてからかってきたくらいなんだから、暇な人なのだろう。
ギルドの皆の代わりにこの人に街を案内してもらえばいいのではないかと。
「あの、あなたの名前は?私はっていうの」
私が問いかけると、男の人は目を瞬かせた。
しばらくの沈黙の後、眉間に皺を寄せながら答える。
「…サレ、だけど」
「サレは今、時間ある?」
早速本題に入ってみる。
サレは自嘲したように笑った。
「まぁ、今は仕事中だけど…街の見回りっていうくだらない仕事だから時間はあるよ」
「よかったら、街を案内して欲しいんだけど…!」
私の言葉を聞いたサレの表情が変わった。
あからさまに嫌な顔をしている。
「…何で僕がお前に街を案内してやらないといけないにかな?他を当たれ」
声のトーンを落とし、私を睨みつけて踵を返すサレ。
そんな。暇なんじゃ…時間があるんじゃないのか。
「そ、それじゃ、私の護衛をお願い!」
「だから、どうして僕が」
どうして。
そういえば私はどうしてサレがいいと思ったんだろう。
理由はわからないけれど、私は直感的にサレがいいと思ったのだ。
それだけだった。
「せ、折角出会えたんだもん。サレのことをもっと知りたいし、仲良くなりたいの!」
ぎゅっとサレの服の袖を握れば、サレは顔を背けてしまった。
「…勝手に、しなよ」
それって、オッケーしてくれたってことでいいの、かな。
歩き出すサレに置いていかれないよう、私も歩き出した。
周りを見れば、人が沢山いて、路上では露店が並んでいた。
活気があって、人々には笑顔がある。
今までギルドで依頼してきた人たちとは雰囲気がまるで違った。
村に食料がなくなってしまい、空腹に喘いでいる人々、魔物の被害にあっている人々を見てきた。
世界中がこの街のようであればいいのに、と思う。
「この街はとても豊かなんだね」
「そりゃ、色々な街や村から星晶を略奪しているからね」
サレは口の端を上げて答えた。
私は一瞬自分の耳を疑った。
「星晶を、略奪…?」
「そうだよ。楽しかったなぁ…人々が苦しみもがきながら星晶を採掘するのさ。
僕達は強制的に採掘させ、それを奪っていく。その時が一番最高の瞬間だよ」
この街の豊穣と引き換えに、貧困で苦しんでいる地域がある。
そういうこと、だったのか。
そしてサレは、当たり前のように奪っていくと言うのか。
「そう、なんだ」
なんだか、サレっておかしいと思う。残忍な性格なんだ。
私はもしかしたらとんでもない人と知り合ってしまったのかもしれない。
そう考えていると、サレはちらりと私を横目で見た。
「はどこから来たんだい?もしかしたらのいた所からも略奪したかもしれないよ」
楽しそうにしているサレを見て、私はサレから視線を外した。
そんなことを、楽しそうに言ってくるなんてどうかしてる。
「わからない。私、記憶がないの。色んな街や国を回ってるけれど、何も思い出せなくて」
ここまで性格が捻じ曲がっているとは思わなかった。
どうして私はサレと街を回りたいなんて思ってしまったのだろう。
もう街の案内なんていいから、サレとお別れしようかな。
私から誘っておきながら申し訳ないけれど…。
「記憶喪失か…。ふぅん、大変だね」
サレがそう言った瞬間。
ぐーっと大きな音を立てて鳴り響く、私のお腹。
恥ずかしい気持ちでいっぱいになったと同時に、これはチャンスかもしれないと思った。
「お、お腹空いちゃった。ずっと歩きっぱなしだったからかな…あは」
何か食べたい。そう言えばサレはきっとまた「勝手に食べれば」とか言って私を置いていくはず。
こんな優しさのかけらもない人と仲良くなんてきっとできないよ、うん。
「そこの店でいいかな」
「え…?」
サレが指差したのはクレープ屋。
私の返答も聞かずにサレはスタスタとカウンターに行ってしまった。
嘘。なん、で…?
あっけに取られてしまい、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。
我に返ってサレの後を追う。
私が追いついた頃には注文し終わっていたようで、店員がクレープを二つサレに手渡した所だった。
「ほら。食べなよ」
サレが片方のクレープを私に差し出してくれる。
「…え、私に?いいの?」
「お腹が空いたといったのはじゃないか」
そう言ってサレは自分の分のクレープを口に運んだ。
私はサレからクレープを受け取る。
ブルーベリージャムがいっぱい乗っていて、美味しそうなクレープだった。
「サレ…ありがとう」
私は微笑みながらクレープを食べた。
…私はとても愚かだ。
サレにだって、こういう優しいところがあるのに、優しさのかけらもないって勝手に思い込んで、
サレから逃げようとしてたんだ。
もっと、彼を知りたい。
そうすればきっと、お互いを理解できるはずだよね。
「うわっ」
急に足に痛みが走った。
あー、ショートブーツが合わなかったのかな。靴ズレしちゃってる。
なんかヒリヒリっとするなーって思ったらこれか。
装備、変えたばっかりだったからなぁ。
「どうしたんだい?」
サレが目を細めた。
私は苦笑いを浮かべながら足元を指差す。
「靴ズレしちゃったみたいなの」
赤く腫れあがってしまった私の足首を見て、サレはため息をついた。
そして、私の前にすっと腕を出す。
「…ほら、僕の腕に捕まりなよ。体重かけていいからさ」
まさかの展開に胸が高鳴った。
だって、これ、街ですれ違った恋人達がしてたよ。
アーチェが貸してくれた恋愛漫画でもしてた。帰ったら、アーチェに自慢しなきゃ。
そう思いながら私は躊躇しながらサレの腕に自分の腕を絡めた。
そして、サレの腕をぎゅっと握る。
「えへへ、こうしてるとなんだかデートみたい」
「手のかかるお姫様だね、君は」
そう言いながらも呆れながら私に合わせてゆっくりと歩いてくれるサレ。
私は自分より背の少し高いサレを見上げて小さく笑う。
「サレは、私のことを守ってくれる王子様みたいだよ」
「王子様、ね。僕には一番似合わない呼称だ」
サレが自嘲する。
それでも、サレが王子様のように見えてしまうのだから仕方がない。
「似合わなくてもいいの、だけど私にとっては王子様だから」
ポツリと、サレに聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。
ふとサレの顔を見ると、私の言葉が聞こえたらしく、驚愕している。
そして、ぷっと噴出した。
「…本当に、といると調子が狂うよ。どういう環境に身を置けばそんな風に育つのかな?」
初めて見た、サレの笑顔。
確かにサレはこれまでも笑ってはいたけれど、こんな風に笑ったのを見たのは初めてだった。
こみあげてくる嬉しさのせいか、サレにつられたせいか、私まで笑顔になってしまう。
「さぁ…?私、記憶ありませんから」
いつまでもこの時間が続けばいいと思った。
一通り街を案内してもらい、私とサレは街の入り口に向かっていた。
「今日一日、サレが声を掛けてくれて、街を案内してくれたおかげですごく楽しかったよ!」
ありがとうって言えば、サレは鼻で笑う。
「そうかい。まぁ、僕は疲れたけどね」
「全然疲れてるようには見えないんだけど」
どうしてそんなこと言うかなー、と睨みつければ、サレは口角を上げる。
「そんなことないさ。誰かさんのおかげで精神的にボロボロだ。
ほら、街の入り口だよ。これでようやく僕も解放される」
それは私とサレがお別れするということだった。
もう日も暮れ始めているから、早く帰らないとアンジュたちに心配かけてしまう。
私とサレは立ち止まり、見つめ合った。
サレの髪が風に靡いてさらさら揺れる。
「仕方ない、開放してあげますよ。じゃーね。今日は本当にありがとう」
私はサレに背を向けて前へと歩き出す。
本当は、もっと一緒にいたい。
そう思っているのはきっと私だけだ。
本当はサレは仕方なく私に付き合ってくれたんだ。
だから、きっともう会うこともなくなってしまう…。
「!」
サレに呼ばれて振り返れば、サレが一瞬つらそうな顔をしていた。
「え…?」
サレは消えてしまいそうな声で言葉を発する。
「また、いつか…」
「いつか…?」
私が聞き返せば、サレは強引に私の背中を押した。
「なんでもない。ほら、早く帰りなよ。僕ももう帰るからさ」
そう言ってサレは踵を返して、来た道を戻り始めてしまった。
きっと、サレは「また会おう」って言おうとしてくれたんじゃないのかな。
自惚れかもしれない。だけど、少なくとも私はまたサレに会いたいと思う。
彼のことだから、きっとこの言葉を言っても返してくれないだろう。
それでも、私は叫んだ。
「またね、サレ!」
やっぱり、サレは振り向く事もなく私に背を向けて歩いていた。
だけど、風に乗って「…また、ね。」って言うサレの声が聞こえた気がした。
一日限定の恋人
(、今日はごめんな。俺、依頼受けようと思ったんだけどさ…)
(大丈夫だよ、リッド。今日は街で知り合った人とデートしたからとても楽しかったの)
(…で、デート…だって!?くそ、どこのどいつだ!)
エステルたちが加入前のお話。
執筆:11年3月6日