「御機嫌よう、殿下」
薄暗い殿下の寝室で私は殿下の寝顔を拝む。
すると殿下は機嫌が悪そうに起き上がって、私の顔を覗き込んだ。
「ああ、か。」
どうやら殿下はお昼寝の真っ最中だったようで。
5日も眠っていた。
「もう、殿下は寝坊助さんですね。5日も眠っておられましたよ?」
「2日も寝過ごしたか。」
悪魔の寿命は長い。だから人間よりはるかに睡眠時間が多い。
それを果たして「昼寝」というのはともかくとして。
とりあえず今回も無事に起こすことに成功。
殿下は寝起きが最悪だからいきなり攻撃を仕掛けてくることがあるから気をつけなければならない。
悪魔だからといってもやっぱり痛いものは痛い。
まっぁ、人間の身体だったらきっと即死だろうけど。
「今日もひと暴れしますか?」
「うむ、もちろんだ。」
私は殿下愛用の剣を殿下に差し出す。
殿下は私から剣を受け取って豪快に笑った。
「ハーッハッハッハ!!まずはそのへんをうろついているザコどもから皆殺しだ!
行くぞ、!まぁ、オレさま一人でも十分だが家来であるお前にも参戦してもらうぞ!」
「はい、殿下。仰せのままに。」
魔王城を出て、適当にザコたちをブッ殺す。
返り血を浴びるけれど、不思議とそれがとても心地いい。
アレ以来…。
人を殺したのは初めてだったけれど、罪悪感を感じるどころか、なんだか清々しく思えた。
人間のときから悪魔なんだな、私って。
ああ、だから殿下に気に入られたのかもしれない。
「!バカ!ぼさっとするなっ!!」
突然殿下の叫び声が聞こえて。
後ろから迫ってくる影に気づくのに、時間がかかった。
まるでそれはスローモーションのように。
生き残りの妖騎士族が、私に向けて剣を振りかざした。
逃げようにも驚きすぎて足が動かない。
目を閉じれば走馬灯のように駆け巡る、短かったけれど悪魔だった私の一生。
ああ、結局何もできずに終わるのか、私は。
…そんなの嫌だ。私は、殿下に復讐していないじゃない!
死ぬならせめて、殿下をブッ殺してから…。
とにかく、やられてたまるかよ!!
「ちっくしょぉおお!!」
咄嗟に、私は妖騎士族に足払いを掛ける。
バランスをくずした妖騎士族に左腕をかすられるが、不幸中の幸いか
右利きの私は右手に持っていた銃で妖騎士族の眉間を打ち抜く。
即死だった。
「はぁ…はぁ…。」
やった。
ホッと胸を撫で下ろし、殿下に振り返る…と。
はぁ、とため息をついた殿下。
それは心底安心しきったという表情だった。
私の胸がチクリと痛む。
何で、そんな顔するのかと、そう思った。
ふと、殿下の後ろに影が見えた。
まだ生き残りがいたなんて。
「危ない殿下!!」
急いで銃口を向ける。
だけど間に合わなかった。
殿下は、倒れた。
ようやく銃弾が魔物を打ち抜いて、魔物は倒れる。
それよりも早く倒れた殿下をなんとかしなくては。
私はすぐさま殿下に駆け寄った。
「殿下っ!!」
私のせい、だ。
「しっかりしてください!殿下!!」
私がぼんやりとしてたから。
「殿下…っ!!」
私は殿下の手をぎゅっと握り締める。
するとそこから何か暖かな光が生まれた。
其の光は殿下の傷を癒していく…。
もしかして、これは回復魔法…?
「…?」
殿下がうっすらと目を開ける。
「殿下ぁっ!!」
嬉しくて思わず殿下に抱きついた。
あまりにも嬉しくて、涙が出てしまった。
「チッ、オレさまとしたことが。それにしても、いつの間に回復技を身に着けたのだ?」
「それは…殿下をお慕いする私の愛の力じゃないですか?」
冗談で言ったつもりだった。
しかし、「愛」という言葉を聴いた瞬間、殿下の表情が曇った。
突如、私を突き放して俯いてしまう。
「ヘドがでる。愛なんて言葉、オレさまは大嫌いなんだ!」
…あ、そっか。悪魔は「愛」とか「正義」って好まないんだよね。
私はまだ人間だった頃の自分を忘れ切れてない。
「すみません。」
今の私は、悪魔。人間ではない。
私を悪魔にしたのは殿下。
だから、憎き殿下を殺して……殺して、それから私はどうするんだろう。
今度こそ、ちゃんと死ぬの?
…それに、殿下が倒れて、私の中にあった「悲しい」という感情。
本当に殿下を殺していいの…?
気づけば、殿下は私の手を握っていて。
そして、そっと私に呟いた。
「だが、役に立つな…其の力は。」
あまりにも意外な殿下の発言と行動に、私は呆然としてしまった。
それと同時に、胸の鼓動が早くなる。
な、なんでこんなにドキドキしてるの、私。
「! 殿下…!?」
「殿下、はやめろ。」
殿下がムッとしながら私を睨みつける。
だけど、私は
「でも私、殿下のお名前知りません。」
そう、殿下の名前を知らない。
今まで、殿下って呼んで来たし、誰も教えてくれなかった。
誰かが殿下の名前を呼ぶところすら聞いたことがない気がする。
「…お前、それでもオレさまの家来か?」
殿下は怪訝そうに私を見る。
殿下の視線が痛くて、ただただ苦笑するしかできない。
「すみません。今まで聞いたこともなかったです。」
苦笑する私に大きくため息をつき、殿下はやれやれと首を横に振る。
「…ラハール、だ。その脳みそに刻み付けておけ。」
「はい、ラハール様。」
にこっと笑いながら答えれば、ラハール様にうっすらと笑みが浮かぶ。
「あれ、立てない…。」
魔王城に一旦戻ろうとして、腰を上げようとするけれど、上がらない。
「は?」
「すみません、腰が抜けちゃったようです。」
「最高にバカだな、お前は。」
ほら、と手を差し伸べてくれるラハール様。
ラハール様のご好意に甘えさせてもらい、私はラハール様の手を握った。
ラハール様の体温がじわりと伝わってきた。
生きてるんだな。
そう実感した。
02.伝わる体温
そして私は思う。
ラハール様は、形はどうであれ死んだ私にもう一度生きる機会を与えてくれた。
私にとって、ラハール様は命の恩人なんだ。
こんどこそ、きちんと心の底から誓おう。
「ラハール様、どこまでもついていきます。」
執筆:04年09月29日
修正:10年5月4日